永根文峯(読み)ながね ぶんぽう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「永根文峯」の解説

永根文峯 ながね-ぶんぽう

1802-1833 江戸時代後期の書家
享和2年生まれ。江戸の人。一時播磨(はりま)(兵庫県)姫路藩儒者をつとめた。18歳のときにかいた「観濤処」の文字が播磨印南郡(いなみぐん)加茂山崖の岩石にきざまれている。天保(てんぽう)4年3月29日死去。32歳。名は奕孫(つたざね)。通称は右八郎,卯八郎,亦太郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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