永池古墳(読み)ながいけこふん

日本歴史地名大系 「永池古墳」の解説

永池古墳
ながいけこふん

[現在地名]北方町大字大渡

杵島山の東北端、東北方に向かって開けた谷あいに上下二つからなる溜池があり、その上の溜池(永池中溜池)の東側、標高三〇メートルの所に位置する。溜池の満水時にはその大半が水没し、減水時にはその全容を現している。古墳時代末期の七世紀前半頃のものと推定される。

地元では早くから知られていたが、昭和四五年(一九七〇)に調査が実施された(「佐賀県の古墳をたずねて9・北方町永池古墳」新郷土・昭和四八年一月号)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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