装飾古墳(読み)そうしょくこふん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

装飾古墳
そうしょくこふん

墓室の壁面などに,絵具や線刻で絵画文様装飾を施した墓のこと。中国の~唐代,朝鮮の高句麗時代,日本の古墳時代後・末期の墓にみられる。絵画には人物,馬,馬具武具などもみられ,文様には同心円文や三角文などの幾何学文がある。赤,青,白などの色が多く用いられている。日本では九州北部に多く,山陰近畿,関東にも点在している。主として横穴式石室横穴の壁面,あるいは入口の両外面,石棺などに絵具や線刻で描かれ,奈良県の高松塚古墳大陸の影響もみられて著名である。装飾の意味については,荘厳さを強調するため,魔よけのため,被葬者の生前の業績をたたえるためなどの意見がある。

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デジタル大辞泉の解説

そうしょく‐こふん〔サウシヨク‐〕【装飾古墳】

墓室の壁や石棺、横穴入り口の外壁などを、彩色画・浮き彫りなどで装飾した古墳。九州に多い。

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百科事典マイペディアの解説

装飾古墳【そうしょくこふん】

絵画や線刻を壁面に施した横穴式石室をもつ古墳,また浮彫や線刻などのある石棺をもつ古墳の総称壁画のある横穴を含めていう場合もある。日本では福岡,熊本など九州北部に多く,5―6世紀に数多く作られた。壁画は赤,黄,青,緑,黒など鉱物質の顔料を使用し,直弧文や同心円などの幾何学文様(井寺古墳)のほか,(ゆき),盾(たて),刀,舟,人馬等の具象的な図(王塚古墳竹原古墳,珍敷塚(めずらしづか)古墳など),あるいはそれを組み合わせたものもある。事物の描写については高句麗や百済(くだら)の古墳壁画に通じるもの(高松塚古墳キトラ古墳)があり大陸文化との関係が指摘される。
→関連項目壁画

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世界大百科事典 第2版の解説

そうしょくこふん【装飾古墳】

壁画または浮彫,線刻などの装飾をもつ古墳の総称として用いる語。日本の古墳のうち,(1)浮彫または線刻で飾った石棺,(2)浮彫または線刻で飾った石障(せきしよう)をもつ横穴式石室,(3)壁面に彩色文様ないし壁画を描いた横穴式石室,(4)墓室の内壁または外壁に浮彫,線刻,彩色画などのある横穴,以上の4種をふくむ。しかし,日本以外の地域では,石棺に彫刻があっても装飾古墳ということはなく,墓室に壁画や浮彫があるものも,壁画墓,画像石墓などとはいうが,装飾古墳とはいわない。

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知恵蔵miniの解説

装飾古墳

内部の壁や石棺に彫刻、線刻、彩色などの装飾が施された日本の古墳・横穴墓の総称。主に古墳時代の5世紀中頃~7世紀前半にかけて築かれた。幾何学的な文様や人物・鳥獣・武器などの具象的な図柄が描かれており、古代人の美意識や死生観などを知るうえで貴重な資料となっている。現在、全国で約800基が確認されており、うち500基あまりが九州の熊本県と福岡県南部に集中している。九州以外では山陰地方、関東北部から東北南部の太平洋側、相模湾周辺で多く見られるが、近畿地方では少数しか確認されていない。なお奈良県の高松塚古墳、キトラ古墳は壁画古墳と呼ばれ、装飾古墳とは系統が異なる。2012年には全国で4番目に大きい岡山市の造山古墳が装飾古墳であることが判明した。

(2012-09-11)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

装飾古墳
そうしょくこふん

石室、石棺などに彫刻、彩色を施して装飾された古墳の総称。わが国の古墳時代には5世紀から7世紀にかけて、古墳石室の入口や内部、石棺の内外面、および横穴の外壁や内部に、各種の文様や絵画を彫刻や彩色で表す風習があった。それらの分布は福岡県南部と熊本県下にもっとも多く、全国の総数約300例のうち半数以上を占める。同じ九州でも宮崎、長崎県下には少なく、鹿児島県下には発見されていない。本州では島根県東部と鳥取県西部に集中し、畿内(きない)およびその周辺にはきわめて少ない。東日本では相模(さがみ)湾周辺、および鹿島灘(かしまなだ)に面した茨城県地方に多く、これに隣接する福島県東部には集中的にみられる。それらの多くは横穴系に属し、北は仙台平野北部の宮城県志田(しだ)郡地方に及ぶ。

 初期の図柄は主として直線と弧線を組み合わせた直弧文(ちょっこもん)をはじめ、円、同心円、三角形、菱形(ひしがた)などの幾何学図形文を表したものが多い。一方、5世紀前半ごろには、鏡や大刀(たち)、短甲(たんこう)、靭(ゆき)、楯(たて)など、具象的な図柄が出現し、やがて赤、白、黄、青、緑などの彩色も併用される。6世紀代になると壮麗なものが多く、なかには被葬者に関する一種の物語風場面を構成するものがあり、それらの意匠は横穴の表壁や内部に踏襲される。その点、奈良県高松塚古墳の壁画は系流を異にし、高句麗(こうくり)や唐文化の影響によるものであった。

 装飾古墳の起源を中国の後漢(ごかん)や朝鮮半島の高句麗壁画墓に求める向きがあるが、無関係で、その目的には悪霊排除などの呪術(じゅじゅつ)的な意味が考えられる。しかし6世紀後半になると、大陸系の四神や日月、竜馬神話などが画題に反映し、思想的な影響があったことがわかる。

[乙益重隆]

『水尾比呂志著『装飾古墳』(『ブック・オブ・ブックス 日本の美術45』1977・小学館)』『小田富士雄・乙益重隆著『装飾古墳と文様』(『古代史発掘8 古墳時代3』1974・講談社)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

そうしょく‐こふん サウショク‥【装飾古墳】

〘名〙 古墳内の石室の壁面や石棺などに彫刻や彩色を施した古墳。福岡、熊本地方に多い。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

装飾古墳
そうしょくこふん

横穴式石室の壁画や石棺に,絵画や文様が描かれたり彫刻されたりしている古墳
後期古墳に多い。おもに北九州地方に分布するが,近畿・北陸・東北などにもみられる。

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