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装飾古墳 そうしょくこふん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

装飾古墳
そうしょくこふん

墓室の壁面や棺などに,絵具や線刻で絵画,文様の装飾を施した墓のこと。中国の漢~唐代,朝鮮の高句麗時代,日本の古墳時代後・末期の墓にみられる。絵画には人物,馬,馬具,武具,舟などもみられ,文様には同心円文や三角文などの幾何学文がある。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

装飾古墳

墓室を彩色や線刻による絵や彫刻などで飾った5~8世紀の古墳。九州や東日本を中心に全国に600基以上ある。熊本、福岡両県には、石室に幾何学模様や船、騎馬、鳥などを描いた古墳が集中し、その影響を受けた彩色や線刻のある墓は北陸や東北地方まで広がっている。写実的な極彩色壁画で知られる奈良県明日香村の高松塚、キトラ両古墳も装飾古墳の一種だが、系統が異なるとされる。

(2016-04-06 朝日新聞 朝刊 1総合)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

そうしょく‐こふん〔サウシヨク‐〕【装飾古墳】

墓室の壁や石棺、横穴入り口の外壁などを、彩色画・浮き彫りなどで装飾した古墳。九州に多い。

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百科事典マイペディアの解説

装飾古墳【そうしょくこふん】

絵画や線刻を壁面に施した横穴式石室をもつ古墳,また浮彫や線刻などのある石棺をもつ古墳の総称。壁画のある横穴を含めていう場合もある。日本では福岡,熊本など九州北部に多く,5―6世紀に数多く作られた。
→関連項目壁画

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世界大百科事典 第2版の解説

そうしょくこふん【装飾古墳】

壁画または浮彫,線刻などの装飾をもつ古墳の総称として用いる語。日本の古墳のうち,(1)浮彫または線刻で飾った石棺,(2)浮彫または線刻で飾った石障(せきしよう)をもつ横穴式石室,(3)壁面に彩色文様ないし壁画を描いた横穴式石室,(4)墓室の内壁または外壁に浮彫,線刻,彩色画などのある横穴,以上の4種をふくむ。しかし,日本以外の地域では,石棺に彫刻があっても装飾古墳ということはなく,墓室に壁画や浮彫があるものも,壁画墓,画像石墓などとはいうが,装飾古墳とはいわない。

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大辞林 第三版の解説

そうしょくこふん【装飾古墳】

横穴式石室の壁面や石棺に彩色や線刻などが施されている古墳。北九州に多く、朝鮮半島にもみられる。壁画古墳。

出典|三省堂
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知恵蔵miniの解説

装飾古墳

内部の壁や石棺に彫刻、線刻、彩色などの装飾が施された日本の古墳・横穴墓の総称。主に古墳時代の5世紀中頃~7世紀前半にかけて築かれた。幾何学的な文様や人物・鳥獣・武器などの具象的な図柄が描かれており、古代人の美意識や死生観などを知るうえで貴重な資料となっている。現在、全国で約800基が確認されており、うち500基あまりが九州の熊本県と福岡県南部に集中している。九州以外では山陰地方、関東北部から東北南部の太平洋側、相模湾周辺で多く見られるが、近畿地方では少数しか確認されていない。なお奈良県の高松塚古墳キトラ古墳壁画古墳と呼ばれ、装飾古墳とは系統が異なる。2012年には全国で4番目に大きい岡山市の造山古墳が装飾古墳であることが判明した。

(2012-09-11)

出典|(株)朝日新聞出版発行
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

装飾古墳
そうしょくこふん

石室、石棺などに彫刻、彩色を施して装飾された古墳の総称。わが国の古墳時代には5世紀から7世紀にかけて、古墳石室の入口や内部、石棺の内外面、および横穴の外壁や内部に、各種の文様や絵画を彫刻や彩色で表す風習があった。それらの分布は福岡県南部と熊本県下にもっとも多く、全国の総数約300例のうち半数以上を占める。同じ九州でも宮崎、長崎県下には少なく、鹿児島県下には発見されていない。本州では島根県東部と鳥取県西部に集中し、畿内(きない)およびその周辺にはきわめて少ない。東日本では相模(さがみ)湾周辺、および鹿島灘(かしまなだ)に面した茨城県地方に多く、これに隣接する福島県東部には集中的にみられる。それらの多くは横穴系に属し、北は仙台平野北部の宮城県志田(しだ)郡地方に及ぶ。
 初期の図柄は主として直線と弧線を組み合わせた直弧文(ちょっこもん)をはじめ、円、同心円、三角形、菱形(ひしがた)などの幾何学図形文を表したものが多い。一方、5世紀前半ごろには、鏡や大刀(たち)、短甲(たんこう)、靭(ゆき)、楯(たて)など、具象的な図柄が出現し、やがて赤、白、黄、青、緑などの彩色も併用される。6世紀代になると壮麗なものが多く、なかには被葬者に関する一種の物語風場面を構成するものがあり、それらの意匠は横穴の表壁や内部に踏襲される。その点、奈良県高松塚古墳の壁画は系流を異にし、高句麗(こうくり)や唐文化の影響によるものであった。
 装飾古墳の起源を中国の後漢(ごかん)や朝鮮半島の高句麗壁画墓に求める向きがあるが、無関係で、その目的には悪霊排除などの呪術(じゅじゅつ)的な意味が考えられる。しかし6世紀後半になると、大陸系の四神や日月、竜馬神話などが画題に反映し、思想的な影響があったことがわかる。[乙益重隆]
『水尾比呂志著『装飾古墳』(『ブック・オブ・ブックス 日本の美術45』1977・小学館) ▽小田富士雄・乙益重隆著『装飾古墳と文様』(『古代史発掘8 古墳時代3』1974・講談社)』

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