永納山遺跡(読み)えいのうざんいせき

日本歴史地名大系 「永納山遺跡」の解説

永納山遺跡
えいのうざんいせき

[現在地名]東予市河原津

市の北部を限る世田せた(三三九メートル)の東に続く医王いおう(一〇〇メートル)・永納山(約一三〇メートル)の両山腹や尾根に沿って土塁と石列が残存する古代山城遺跡。その範囲は直線距離で東西約五〇〇メートル、南北約七〇〇メートルにわたり、山頂を中心に土塁と石垣が等高線に沿って環状にめぐり、延長約一千五〇〇メートルに及ぶ。

この朝鮮式山城では他例にみるほど重畳石列や多くの水門は未発見であるが、粗朴な石列や明らかな版築を伴う土塁も見いだされ、七―八世紀頃のものと一応推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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