汀間村
ていーまむら
久志間切の中央部東寄りに位置し、西は瀬嵩村。ティーマとよぶ。北の一ツ岳(二九五・四メートル)を中心とする国頭山地に降る雨が志根垣川・ゲーヤ川・福地川の支流から汀間川に集まり、奥深い入江を造って大浦湾に注ぐ。下流には粗密だがマングローブ林が形成されている。集落は下流右岸の沖積低地と砂洲上の砂地に、整然と区画された碁盤目状の形をなして立地する。故地はウンバハーリ(恩計)と汀間川を越えたカデカル(嘉手刈)で、近世に現集落に移動して成立したことから、絵図郷村帳にみえる名護間切の「かてかる村」は汀間村の一部となったと考えられる。かつて「福木多く水汀緑蔭、風光絵の如く、人亦艶、歌名所なり」と称された(南島風土記)。間切所属の変遷は大浦村と同じ。絵図郷村帳に名護間切「てま村」とみえる。琉球国高究帳でも同様に記され、高頭一四九石余、うち田一三八石余(うち永代荒地六八石余)・畠一一石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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