汐留三角屋敷(読み)しおどめさんかくやしき

日本歴史地名大系 「汐留三角屋敷」の解説

汐留三角屋敷
しおどめさんかくやしき

[現在地名]港区新橋しんばし一丁目

芝口新しばぐちしん町の東に位置する町屋で、三角形をした片側町。北から東にかけて堀(汐留川)が巡り、町の北側には汐留橋が架かる。堀を隔てて北は木挽こびき町七丁目(現中央区)、東は豊前中津藩奥平家上屋敷(現中央区)、南は播磨龍野藩脇坂家上屋敷。もとは明地であったが、いつの頃からか町家が置かれたという。寛文新板江戸絵図には「しおどめ町」と町名がみえる。なお寛永江戸図には当所に「町や」と記されている。元禄七年(一六九四)に御用地として召上げられ定浚請負地となった。この際家作は取払われ、竹・木・薪などを売買する者が地所を借りて商品の物置場にしていたが、享保七年(一七二二)定浚請負人が土地を召上げられたため、跡地を商人たちが上納地として預かり町屋としたい旨を願出て許された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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