江里村(読み)えりむら

日本歴史地名大系 「江里村」の解説

江里村
えりむら

[現在地名]佐々町江里免(えりめん)

市瀬(いちのせ)村の北西に位置し、江里川が流れる。平戸往還が通り、佐々宿と結ばれ、江里峠(標高一一七・一メートル)を越えると江迎(えむかえ)宿(現江迎町)に通じる。江戸時代は平戸藩領で、当初は佐々村のうちであったとされる。正保国絵図に「江り村」とあり、高八三石余。明暦二年(一六五六)の田方帳抜書に佐佐一ノ瀬村内として江里免と記される。元禄一二年(一六九九)の平戸領分郷村帳では江迎村の枝村として村名がみえ、高八三石余でエリの訓を付す。


江里村
えりむら

[現在地名]佐賀市鍋島町(なべしままち)大字森田(もりた)字江里

北を嘉瀬(かせ)川、北や東を西新庄(にししんじよう)村、南を荻野(おぎの)村に接する四角な村。江里・桜(さくら)の集落が掘割に立地する水田地域。正保絵図に村名がみえる。嘉永六年(一八五三)写の大小配分石高帳によると、田中官左衛門・亀田六右衛門・堤源七郎がそれぞれ村内に地米(年貢)で一六・八石、二〇石、二三石の配分地をもっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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