佐々町(読み)さざちよう

日本歴史地名大系 「佐々町」の解説

佐々町
さざちよう

面積:三二・三〇平方キロ

北松浦半島のほぼ南部に位置する。南部は佐世保させぼ市と接し、西部は小佐々こざさ町・鹿町しかまち町、東は吉井よしい町、北は江迎えむかえ町。町域の北部鷲尾わしお(三五〇・四メートル)、中央部に金比羅こんぴら(一九二メートル)城辻しろのつじ(二一六メートル)、東部ににら(三五八・三メートル)おお(二九六・八メートル)などの山嶺があり、吉井町域から西流してきた佐々川に町域の木場こば川・志方しかた川などが合流し、小佐々町境の佐々浦に注ぐ。この河口部は平坦地に恵まれる。佐々川に沿って松浦鉄道および国道二〇四号が通る。

佐々川西岸にある縄文時代晩期の狸山たぬきやま支石墓群は七基の支石墓が確認されており、伝統的墓制に外来の墳墓の形式を取込んだものとして注目された。律令制下では松浦まつら郡に属した。平安末期から鎌倉期にかけては宇野うの御厨のうちであったと想定され、鎌倉期には志佐氏の勢力下にあったようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「佐々町」の意味・わかりやすい解説

佐々〔町〕
さざ

長崎県北部,北松浦半島の南西部にある町。 1941年町制。町域はおもに標高 300~400mの玄武岩の丘陵と佐々川沿岸の沖積地から成り,佐々川は溺れ谷の佐々浦に注ぐ。粘結炭の産地として栄えた炭鉱町で,最盛期の 50年には人口2万をこえていた。 69年完全に閉山し,企業誘致によって陶磁器衣料などの工場が進出している。農業が中心で,米作のほか,野菜,果樹の栽培と,畜産などの多角的な農業が行われている。北部に市瀬皿山窯跡があり,愛知県の瀬戸窯業の基礎はここから伝えられたといわれる。南部は佐世保市に接し,住宅団地が造成されるなど,宅地化が進んでいる。松浦鉄道,国道 204号線が通じる。面積 32.26km2。人口 1万3912(2020)。

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