池之上村(読み)いけのうえむら

日本歴史地名大系 「池之上村」の解説

池之上村
いけのうえむら

[現在地名]岐阜市池ノ上町・山吹町やまぶきちよう島栄町しまさかえまち津島町つしまちよう光町ひかりまち

瓢箪の形をしたしま輪中のくびれの部分にあたり、北の長良古川、南の長良川が最も接近する。東は早田そうでん村で、集落は村西部にある。慶長郷帳および元和二年(一六一六)の村高領知改帳に村名がみえ、高一四七石余で幕府領。同五年尾張藩領となり幕末に至る。正保郷帳では畑方のみで高一四七石余、野年貢三斗。田はなく、草野と畑の小村であった。明暦覚書によれば概高一六九石、人数一三二。「濃陽志略」では家数二六・人数一〇九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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