池和田城跡(読み)いけわだじようあと

日本歴史地名大系 「池和田城跡」の解説

池和田城跡
いけわだじようあと

[現在地名]市原市池和田

城周りを含む半島状丘陵に築かれた多郭雑形の中世の城跡。南を平蔵へいぞう川が流れる。里見氏家臣多賀氏の居城とも伝えるが、その出自は近江佐々木氏ともいう。永禄元年(一五五八)五月八日の武田豊信制札(長南町史)に「当地長南並池和田之者」とみえ、武田氏と行動をともにする軍勢がいた。同六年当地に北条方の軍勢が陣を張ったが攻略できないので、足利義氏は結城晴朝に来春の参陣を求めている(一二月九日「足利義氏書状」河田駒雄氏所蔵文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む