沓川村(読み)くつがわむら

日本歴史地名大系 「沓川村」の解説

沓川村
くつがわむら

[現在地名]豊前市沓川

赤熊(あかぐま)村・宇島(うのしま)町の東、岩岳(いわたけ)川河口部に位置し、北は周防灘に面し、江戸時代には沓川浦があった。永禄一二年(一五六九)閏五月二一日に上毛(こうげ)郡内で合戦・放火があり、同月二二日には中津(なかつ)河(現山国川)に毛利勢の警固舟約一〇〇艘が着岸し、「くつ河・小今井・中津河・カキせ・東浜」などが焼払われた(同年「某覚書案」到津文書/大分県史料二四)。天正一四年(一五八六)一二月一〇日、如法寺(ねほうじ)庄河底(かわそこ)での合戦で城井宗永の被官円藤源兵衛尉を討取った賞として、山田元房が「沓河村神儀内取五段」を津野田軍兵衛尉に加増している(「山田元房感状」津野田文書/豊前市史 文書資料)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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