沖新田村(読み)おきしんでんむら

日本歴史地名大系 「沖新田村」の解説

沖新田村
おきしんでんむら

[現在地名]倉敷市茶屋町(ちややまち)・茶屋町早沖(ちややまちはやおき)

前潟(まえがた)村(現都窪郡早島町)の南前面の干潟を干拓してできた新田村。旗本早島戸川氏・帯江戸川氏の両領主の命により共同開発された。宝永元年(一七〇四)開発が始められ(「沖新田開発申渡書」納所文書)、同四年完成(「諸新田年暦」早島町史)。当新田の北半分は早島(はやしま)村(現同上)枝郷新田沖新田村、南半分は帯江(おびえ)村枝郷沖新田村に分れた。帯江側の開発主は羽島(はしま)村武右衛門(西山)・二日市(ふつかいち)村万右衛門(平松)・加須山(かすやま)村太左衛門(尾崎)・亀山(かめやま)村九郎右衛門(亀山)(文化一三年「扇面手鑑」尾崎文書)、早島側の開発主は早島村庄屋助左衛門(諸新田年暦)。

帯江領の新田は享保二年「農家常不退鈔」(尾崎家旧蔵文書)によると、用水不足のため、新田完成後一〇年間はまったく未収穫であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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