河内屋北新田(読み)かわちやきたしんでん

日本歴史地名大系 「河内屋北新田」の解説

河内屋北新田
かわちやきたしんでん

[現在地名]寝屋川河北かわきたなか町・西にし町・ひがし町〉・堀溝ほりみぞ三丁目

讃良さらら郡に属し、北は堀溝村、南は深野北ふこのきた新田(現大東市)。西部を寝屋川が南流する。もと深野池(現同上)の池床で、宝永元年(一七〇四)大和川の川違えののち大坂の河内屋源七が干拓に着手し同五年完成した。地名は、同人が干拓したもう一つの新田河内屋南新田(現東大阪市)に対して名付けられた。

宝永五年検地(寝屋川市誌)、享保五年(一七二〇)に再検地があり、元文二年(一七三七)の河内国高帳では五六〇石余。幕末まで幕府領であったが、寛政六年(一七九四)高槻藩預地となる(「高槻永井氏預り所村々高付帳」中村家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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