河原宿(読み)かわらじゆく

日本歴史地名大系 「河原宿」の解説

河原宿
かわらじゆく

[現在地名]美祢市伊佐町河原

赤間関あかまがせき街道(中道筋)に沿う近世宿駅。東の秋吉あきよし宿(現美祢郡秋芳町)まで一里半、南の四郎しろうはら宿まで二里一八町の位置にある。西方大嶺おおみね村との村境花地垰はなじだおを越えると、その西麓は大内氏時代に馬継場であった曾根市そねいちである。

宿は正徳年間(一七一一―一六)に設置されたといわれるが、天保末年頃には上下二町に分れ、うち上に二、下に二八の家があり、人足一〇人、馬一〇が設けられていた(注進案)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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