日本歴史地名大系 「河和田庄」の解説
河和田庄
かわだのしよう
鯖江市の東部、河和田谷一帯に比定される。保延五年(一一三九)一一月日付藤原周子寄進状(仁和寺文書)に「在越前国東条郡内 河和田庄」とみえ、藤原周衡の先祖相伝の所領であったが、娘周子に譲与され、さらに周子から待賢門院の御願寺
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鯖江市の東部、河和田谷一帯に比定される。保延五年(一一三九)一一月日付藤原周子寄進状(仁和寺文書)に「在越前国東条郡内 河和田庄」とみえ、藤原周衡の先祖相伝の所領であったが、娘周子に譲与され、さらに周子から待賢門院の御願寺
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...