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河津省庵 かわづ せいあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河津省庵 かわづ-せいあん

1800-1852 江戸時代後期の医師。
寛政12年生まれ。古医方をおさめたのち,蘭方医学を緒方洪庵らにまなぶ。さらに芳川波山(はざん)に師事し,武蔵(むさし)忍(おし)藩(埼玉県)藩医となった。人体解剖種痘をおこない,眼科にも通じた。嘉永(かえい)5年8月18日死去。53歳。相模(さがみ)(神奈川県)出身。名は卓。字(あざな)は子立。著作に「医則発揮」「内景図」など。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

河津省庵

没年:嘉永5.8.18(1852.10.1)
生年:寛政12(1800)
江戸後期の漢蘭折衷医。相模国(神奈川県)相原生まれ。名は卓,字は子立。忍藩(埼玉県行田市)の侍医芳川波山について漢学と古医方を学び,同藩で開業し,侍医にもあげられた。のち蘭学も学び,数回にわたって解剖に従事し『医則発揮』5巻(1852)を著した。これは古医方の生理学書というべきもので,実体凝流説,四質四官説,三部区別説などの新しい説を述べている。<著作>『内景図』『治療大全』『胎育全書』<参考文献>富士川游「河津省庵先生」(『富士川游著作集』7巻)

(深瀬泰旦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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