油駒村(読み)あぶらこまむら

日本歴史地名大系 「油駒村」の解説

油駒村
あぶらこまむら

[現在地名]幌泉ほろいずみえりも町字東洋とうよう

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治三九年(一九〇六)までの村。幌泉郡の最南部に位置し、北西は歌露うたろ村に、襟裳えりも岬先端部付近を境に東は小越おごし村に接し、北部は高台が続き、南西は海に面する。(「状況報文」など)。近世の史料にヤンケベツ(ヤンゲペツ)、「ヲチヨロツケ」(オシヨロシケ)、テシケ(テシケプ)、シリボク、アブラコマ(板本「東蝦夷日誌」など)とみえる地などからなっていた。明治四年二月、幌泉詰の開拓大主典関定吉が開拓使本庁に提出した地名の漢字改正案ではアブラコマに油駒・膩駒の字を当て、このうちから油駒が採用され(「開拓使簿書・幌泉往復」道立文書館蔵)、「日高国地誌提要」でも油駒村とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ユーラシア大陸、北アメリカ大陸北部に広く分布し、日本では北海道にエゾヒグマが生息する。成獣は体長2メートル以上、体重300キロにもなり、日本最大の陸生動物として知られる。雑食性で草や木の実、サケ、シ...

ヒグマの用語解説を読む