泉家胤(読み)いずみ いえたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「泉家胤」の解説

泉家胤 いずみ-いえたね

1819-1885 幕末-明治時代の儒者,国学者
文政2年生まれ。生地出羽(でわ)大館(秋田県)で儒者中田錦江にまなぶ。易学にもくわしく,のち国学に転じた。維新後,権(ごんの)少講義をつとめ,神職となる。明治18年8月死去。67歳。通称は静也,佐中(仲)。号は達斎。著作に「神道捷径(しんとうしょうけい)」「易学私考」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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