法坂村(読み)ほうざかむら

日本歴史地名大系 「法坂村」の解説

法坂村
ほうざかむら

[現在地名]小国町法坂

上谷内かみやち新田の北。北は渋海しぶみ川支流の桐沢きりさわ川を挟んで桐沢村。集落は西に舌状に押出した丘陵の麓にある。小国東組に属する。近世初めは高田藩領、天和元年(一六八一)以後幕府領の時期が長く、文久二年(一八六二)長岡藩領。正保国絵図に法坂村高一四七石余と法坂新田高一五〇石余がみえる。天和三年の検地帳(山崎憲一郎氏蔵)では田二六町三反余・畑屋敷九町二反余・山六町七反余・青苧畑一四歩。屋敷四二筆と御蔵屋敷一筆がある。ほかに二反余と一町八反余の新田がある。元禄五年(一六九二)の小国東組郷鏡帳(林久氏蔵)では村高・反別に変化はない。家数五〇、男一三九・女一五二、馬二六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む