改訂新版 世界大百科事典 「山崎氏」の意味・わかりやすい解説
山崎氏 (やまざきうじ)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…家治は間もなく移封し39年(寛永16)水谷勝隆が5万石を領して入封したが,42年備中松山に移ったので廃藩となった。58年(万治1)より交代寄合の山崎氏(元藩主の分家)が5000石で成羽に陣屋を構えていたが,1868年(明治1)1万石余に高直しされ再び立藩した。さて,1672年(寛文12)岡山藩主池田光政は,その子政言(まさこと),輝録(てるとし)にそれぞれ備中国内で2万5000石,1万5000石を分与したが,これが岡山藩支封の外様小藩としての鴨方(かもがた),生坂(いくさか)両藩である。…
※「山崎氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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