法谷寺(読み)ほうこくじ

日本歴史地名大系 「法谷寺」の解説

法谷寺
ほうこくじ

[現在地名]徳島市南庄町二丁目

しよう地区の南、山北麓にある。救世山と号し、真言宗大覚寺派。本尊薬師如来峯の薬師みねのやくしと通称される。縁起によると、用明天皇二年聖徳太子は仏教擁護のため物部守屋を討ち、医王善誓十二体を自ら刻み、秦川勝をして日吉峰などに納めさせた。その一体が阿波国前尾の峰、すなわち当寺本堂のある所に安置され、救世山と号した。その後聖武天皇の時代に僧行基が奇瑞を得て西方二丁の外に大門を構えたほか中門・金堂・鐘楼等が造られて大乗院と号した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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