波志太山(読み)はしだやま

日本歴史地名大系 「波志太山」の解説

波志太山
はしだやま

甲斐・駿河国境付近にあった山名。比定地については、現足和田(あしわだ)村と鳴沢(なるさわ)村にまたがる足和田山(一三五五メートル)、現静岡県沼津市の愛鷹(あしたか)山(一一八八メートル)などとする説のほか、波志太山は八朶山で漠然と富士山麓をさすという理解もある。治承四年(一一八〇)八月二五日、石橋(いしばし)山(現神奈川県小田原市)へ向かおうとする安田義定・工藤景光・工藤行光・市川行房らの甲斐源氏と、甲斐に攻め入ろうとした俣野景久・駿河目代橘遠茂軍との戦闘がここで行われ甲斐源氏が勝利している(吾妻鏡)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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