波志太山(読み)はしだやま

日本歴史地名大系 「波志太山」の解説

波志太山
はしだやま

甲斐・駿河国境付近にあった山名。比定地については、現足和田あしわだ村と鳴沢なるさわ村にまたがる足和田山(一三五五メートル)、現静岡県沼津市の愛鷹あしたか(一一八八メートル)などとする説のほか、波志太山は八朶山で漠然と富士山麓をさすという理解もある。治承四年(一一八〇)八月二五日、石橋いしばし(現神奈川県小田原市)へ向かおうとする安田義定・工藤景光工藤行光・市川行房らの甲斐源氏と、甲斐に攻め入ろうとした俣野景久・駿河目代橘遠茂軍との戦闘がここで行われ甲斐源氏が勝利している(吾妻鏡)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む