泰長院(読み)たいちよういん

日本歴史地名大系 「泰長院」の解説

泰長院
たいちよういん

[現在地名]佐賀市与賀町 精

与賀よか神社の西にある。臨済宗南禅寺派。山号は三陽山。本尊釈迦如来。天文五年(一五三六)竜造寺胤久によって建立された。もと曹洞宗で現城内じようないの西にあったものを、慶長年間(一五九六―一六一五)佐賀城の築造に際して現在地に移した。

三代住職の是琢は鍋島直茂に従って朝鮮の役に従軍し、武運祈祷や朝鮮との文書による通訳の事務をつかさどった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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