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津久井城 つくいじょう

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日本の城がわかる事典の解説

つくいじょう【津久井城】

神奈川県相模原市(旧津久井町)にあった山城(やまじろ)。戦国時代に、北条氏が武田氏に対する前線拠点とした城である。鎌倉時代に三浦氏一族の筑井為行(筑井太郎二郎義胤)が築城した城館がその起源といわれるが、北条早雲(宗瑞、伊勢盛時)は甲斐と小田原を結ぶ要所にあったこの城館を重視し、城として本格的に整備し家臣の内藤景定を入城させ、津久井衆と呼ばれる家臣団を組織して甲斐の武田氏に備えた。1524年(大永4)、北条氏綱江戸城を攻略する直前に、高輪原で扇谷上杉朝興と対峙したが、朝興に加勢する武田信虎津久井城を攻めている。津久井城はその後、武田信玄の時代になってからも、たびたび武田氏の攻撃を受けた。また領内には甲斐の小山田氏配下の郡内衆など武田氏の勢力も浸透して、「敵半地」と呼ばれる両勢力が入り組んだ地域となった。1590年(天正18)の小田原の役では城主内藤景豊は小田原城に籠城し、その居城を老臣ら150騎が守ったが本多忠勝平岩親吉ら徳川勢1万1000の攻撃を受けて降伏・開城し、その後、廃城となった。城跡には現在、家老屋敷跡や宝ヶ池、堀切などが残っている。城跡は現在の城山ダムのダム湖に面した山にあり、津久井湖城山公園となっており、城山ダム側から遊歩道が整備され、城の本郭のあった山上まで登ることができる。山頂には1813年(文化13)に建立された古城碑が建っている。JR横浜線橋本駅からバス。または同駅から徒歩約60分。◇筑井城とも記述される。

出典|講談社
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世界大百科事典内の津久井城の言及

【津久井[町]】より

…丹沢山地の北東部に位置し,北境を相模川の支流道志川が流れる。古くから津久井郡の中心地で,城山には戦国末期に甲斐の武田氏に備える後北条氏の支城津久井城が設けられていた。相模川南岸の段丘上にある中心の中野は,古くは川和と呼ばれた市場町で,江戸時代後期から養蚕が盛んになり,末期には八王子と並ぶ機業地となって,川和縞(かわわじま)の産地として知られた。…

※「津久井城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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