流田村(読み)ながれだむら

日本歴史地名大系 「流田村」の解説

流田村
ながれだむら

[現在地名]西条市玉津たまつ

むろ川河口の東岸、一部西岸低地にあり、隣村永易ながやすと村域が交錯して、境をきめがたい。西岸に枝在所の市塚いちづか(永易村の分もある)がある。

慶長六年(一六〇一)一一月、藤堂高虎が渡辺勘兵衛に与えた「知行方之目録」(南部文書)に「一、三百七拾四石 ながれ田村」とある。のち元禄一〇年(一六九七)まで有田ありた村と称していたが、紀伊国の有田郡と紛れ、間違いがおこったので、翌一一年以降、旧名流田に復したという。「西条誌」によれば、天保一三年(一八四二)の田畑高三〇三石四斗三升、家数三七、人数一五六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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