流谷村(読み)ながれたにむら

日本歴史地名大系 「流谷村」の解説

流谷村
ながれたにむら

[現在地名]河内長野市流谷など

天見(あまみ)村の西にある。出合(であい)付近で天見川に合流する流谷川流域を占める。南は和泉山脈の稜線で紀伊国と境を接し、西は加賀田(かがた)村。当地の流谷八幡宮に伝来する文永八年(一二七一)九月日付平基重寄進状に「山郷流谷別宮八幡大菩薩」とあり、中世当地一帯が山(やま)郷といわれたことが知れる。また同八幡宮に伝わる延元五年(一三四〇)四月一五日の銘のある鉄製湯釜に「河内国錦部郡甲斐□(之カ)庄山郡流谷八幡宮」とあり、甲斐(かい)庄に含まれていた。

流谷村と天見村はもと一村で、文禄検地帳は天見村として一本であった(→天見村)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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