浄福寺古墳(読み)じようふくじこふん

日本歴史地名大系 「浄福寺古墳」の解説

浄福寺古墳
じようふくじこふん

[現在地名]山口市大字嘉川 赤坂

赤坂あかさかにある高野山真言宗浄福じようふく寺は、享保年間(一七一六―三六)まで長福ちようふく寺、それ以後明治三年(一八七〇)まで正福しようふく寺と称した古寺であるが、その境内にある円墳直径約四〇メートル、高さ約五メートルで、周囲埴輪が何段か置かれていたらしく、現在もその破片が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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