浅尾新田村(読み)あさおしんでんむら

日本歴史地名大系 「浅尾新田村」の解説

浅尾新田村
あさおしんでんむら

[現在地名]明野村浅尾新田

茅(かや)ヶ岳の西麓、標高六〇〇メートル前後の西斜面に位置。浅尾村境から上神取(かみかんどり)村境まで東西七町半、南の上手(うえで)村から北の浅尾村まで二七町半。村中を脇往還信州川上(しんしゆうかわかみ)道が南北に通る。寛永年間(一六二四―四四)浅尾堰の開削により開かれた新田村。

宝永二年(一七〇五)の村明細帳(浄居寺文書)では家数七九・人数三四四、馬二六・牛一〇。延享三年(一七四六)の村明細帳(長田市家文書)では高三七三石余、反別田三二町三反余・畑四九町二反余、ほかに五町六反余の畑見取があった。浅尾堰は寛永年間村山東割(むらやまひがしわり)村(現高根町)の百姓重右衛門と浅尾新田村百姓清右衛門が企画し、百姓の自普請によって完成させた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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