浅河郷(読み)あさかわごう

日本歴史地名大系 「浅河郷」の解説

浅河郷
あさかわごう

現海南町浅川の一帯に比定される中世の郷。嘉禎三年(一二三七)五月四日の官宣旨(九条家文書)に「阿波国管那賀郡海部并浅河・牟岐参箇郷」とあり、この三ヵ郷の地頭職に補任された藤原定員が三ヵ郷を最勝金剛(さいしようこんごう)院(現京都市東山区)に寄進、同院領として立券されている。定員は鎌倉幕府四代将軍九条頼経に仕えた御家人で(「吾妻鏡」嘉禎元年七月一一日条など)、もと九条家の家司であったと推定されるので、三ヵ郷の寄進もこうした背景によるものであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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