浅草三好町(読み)あさくさみよしちよう

日本歴史地名大系 「浅草三好町」の解説

浅草三好町
あさくさみよしちよう

[現在地名]台東区蔵前くらまえ二丁目

浅草御蔵前あさくさおくらまえ(日光道中)の東側、大川(隅田川)東岸にある。南は御蔵構、北は浅草黒船あさくさくろふね町。町名は昔オランダ船が来航した時、船の舳をここに向けて停泊したことから「舟首みよし町」と書かれ、のち三好町と書くようになったという(東京府志料)。ただし文政町方書上はこの説を退けている。寛文新板江戸絵図では「御馬ヤ」とあって、御厩を管理する石井孫左と左近の屋敷地。天和元年(一六八一)御坊主衆拝領地となり(文政町方書上)享保年中江戸絵図に三好町とみえる。享保一七年(一七三二)町屋敷は類焼、その後御用地に召上げられ堀田ほつた原で代地を与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

7月10日は東京・浅草観音(あさくさかんのん)(浅草寺(せんそうじ))の結縁(けちえん)日で四万六千日という。この日に参詣(さんけい)すると4万6000日参詣したのと同じ功徳(くどく)があるといって信...

ほおずき市の用語解説を読む