日本歴史地名大系 「浅草元鳥越町」の解説 浅草元鳥越町あさくさもととりごえまち 東京都:台東区旧浅草区地区浅草元鳥越町[現在地名]台東区鳥越(とりごえ)二丁目・浅草橋(あさくさばし)三丁目浅草福富(あさくさふくとみ)町一丁目の西にある。かつては豊島郡峡田(はけた)領鳥越村の内。近世初頭までこの付近は丘陵地であったが、天正一八年(一五九〇)徳川家康入国後御用地となり、元和六年(一六二〇)浅草御蔵普請、正保二年(一六四五)矢ノ倉(やのくら)(現中央区)普請に伴う埋立のため切崩され、住民は山谷(さんや)村に代地を与えられ(浅草新鳥越町)、跡地は御家人地・町屋となった。当初は新鳥越町に対し本鳥越(ほんとりごえ)町と称したが、その後元鳥越町と改めたという。東は寿松(じゆしよう)院と同門前、西は武家地、南は鳥越川を隔てて浅草猿屋(あさくささるや)町など、北は大御番・御書院番組屋敷に隣接し、東西三〇間余・南北五七間余、文政八年(一八二五)の家数四〇六(うち明店二八)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by