浅草六軒町(読み)あさくさろつけんちよう

日本歴史地名大系 「浅草六軒町」の解説

浅草六軒町
あさくさろつけんちよう

[現在地名]台東区元浅草もとあさくさ二丁目

浅草新寺町通下谷車坂あさくさしんてらまちどおりしたやくるまざか町の南にあり、北方東寄りは等覚とうがく寺、東は横寺町よこてらまち通を隔てて新光明しんこうみよう寺、南は栄蔵えいぞう寺・経王きようおう寺、西は唯念ゆいねん寺。江戸時代初期天海が在世中、東叡山寛永寺の中間・陸尺を勤める者たちが同山東方屏風びようぶ坂近辺で町屋敷を拝領し、これを屏風坂下六軒びようぶざかしたろつけん町と称した。同町は元禄一一年(一六九八)勅額火事で類焼して御用地として収公され、代地が浅草・下谷・神田の三ヵ所に与えられた。当町は浅草に与えられた代地にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む