浅草寿町(読み)あさくさことぶきちよう

日本歴史地名大系 「浅草寿町」の解説

浅草寿町
あさくさことぶきちよう

[現在地名]台東区寿ことぶき三―四丁目

明治三年(一八七〇)浅草真砂あさくさまさご町・浅草福川あさくさふくかわ町・浅草黒沢あさくさくろさわ町・浅草石浜あさくさいしはま町が合併し起立。同五年旧武蔵岩槻藩大岡氏上屋敷と旧近江宮川藩堀田氏中屋敷と三島明神・黒船くろふね稲荷などの社地を合併した。沿革図書によれば当地一帯は延宝(一六七三―八一)以来堀田氏中屋敷であったが、享保一七年(一七三二)には東側・北側が上地となって浅草黒船あさくさくろふね代地など同年焼失した町の代地町屋や大護だいご院・大円だいえん寺の寺地(延享―寛延年間には転出)が置かれるなど、その範囲はしだいに狭められ、寛延二年(一七四九)頃以前には北側から東側にかけて松平備中守、弘化二年(一八四五)頃には越後椎谷藩堀氏屋敷となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む