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黒船 くろふね

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黒船
くろふね

鎖国以前にも,船体に黒いタールを塗った南蛮船や洋式船をさし,豊臣秀吉の禁教令にもみえるが,一般には幕末に来航した諸列強の船をいう。特に嘉永6 (1853) 年に来航した M.ペリーの艦隊は,脅威の黒船としての強い印象を日本人にうえつけた。

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デジタル大辞泉の解説

くろ‐ふね【黒船】

近世、日本に来た欧米の帆船。船体を黒く塗ってあったところからの称。幕末には西洋型の船舶全般をさして呼んだ。
《船の色から》特に、嘉永6年(1853)、日本の開港を求めて相模(さがみ)国浦賀に来航したペリー提督の率いる米国艦隊のこと。幕府・国民に大きな衝撃を与えた。
2から。比喩的に》国内に大きな衝撃をもたらす、海外からの新しい計画や政策、新製品などをいう。「電子書籍は出版界の黒船となるか」

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百科事典マイペディアの解説

黒船【くろふね】

幕末に来航した欧米列強の軍艦。黒船の語は南蛮貿易関係の文書に見られ,豊臣秀吉のころはその船体が黒塗であったことから,東南アジアからの渡来船と区別して西洋式の外国船を意味したが,ペリーの来航後は列強の領土的野心のシンボルと映じ,当時の日本人に多大の恐怖感を与えた。
→関連項目神奈川

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とっさの日本語便利帳の解説

黒船

一六世紀末から幕末にかけて来航した欧米諸国の艦船。船体が黒く彩色されていたことからの呼び名。一八五三年の米国ペリー艦隊の浦賀来航は鎖国日本を大きく揺さぶり、幕末動乱、明治維新の起爆剤となった。

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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世界大百科事典 第2版の解説

くろふね【黒船】

戦国末から江戸初期,来航したヨーロッパの帆船を,その船体が黒塗りであったことから,中国,東南アジアから渡来の船と区別して〈黒船〉と総称した。幕末には,来日する欧米諸国の艦船すべての俗称となった。ことに1853年(嘉永6)のペリー来日以降,政治的・経済的な圧迫,混乱により生活の困難に陥った国民は,その直接的原因を開国・通商に求め,それを強要した欧米列強を象徴する呼称として用いられた。開国【藤田 覚】

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大辞林 第三版の解説

くろふね【黒船】

室町時代以降、欧米諸国から日本に来航した帆船の称。船体が黒塗りだったのでいう。のち、蒸気船を含む大型の外国船の俗称。
江戸時代、大名の軍船などに用いた黒漆塗りの船。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黒船
くろふね

近世初頭から幕末にかけて日本に来航した欧米の艦船の俗称。16世紀末から17世紀にかけて日本に来航したポルトガル船や他のヨーロッパ諸国の船舶は一般に船体を黒く塗装していたので、中国船や和船と区別するため、当時の日本側の記録では黒船と称した。また当時日本で建造された洋式船に対しても黒船と称した例がある。幕末期に通商を求めて来航する欧米先進国の艦船は鎖国日本に大きな威圧を与え、とりわけ、1853年(嘉永6)に来航したペリーの率いる軍艦は、「黒船」を、威圧感と恐怖感を伴うことばとして広く民衆の間に流布させることとなった。[加藤榮一]

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世界大百科事典内の黒船の言及

【汽船】より

…しかし,所要日数は前者が19日半かかったのに対し後者は15日半で横断している。江戸時代末期の53年,日本に渡来したアメリカのペリーの黒船も帆走兼用の蒸気船であった。 汽船は初め外車で推進していたが,やがてスクリューが使われるようになった。…

【鎖国】より

…秀吉は1588年7月海賊禁止令を公布して私貿易の取締りを徹底し,貿易統制に乗り出したが,生糸貿易の主要な部分はポルトガルとイエズス会に掌握されていたため,その関心は買占めへと向かった。89年と推定されている文書で,秀吉は島津領内に着いた黒船舶載生糸を買手の有無にかかわらず全量買い上げるよう命じ,あわせて黒船(ポルトガル船)の日本の港湾への入港の自由と,生糸の一括買上げを保証している。買い上げた生糸は国内へ転売されることにより差益を生んだのである。…

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