浅草森田町(読み)あさくさもりたちよう

日本歴史地名大系 「浅草森田町」の解説

浅草森田町
あさくさもりたちよう

[現在地名]台東区蔵前くらまえ四丁目

浅草御蔵前片あさくさおくらまえかた町の北に続く浅草御蔵前通(日光道中)の西側に沿った片側町。東は同通を隔てて浅草御蔵、西は浅草新旅籠あさくさしんはたご町。町名は鎮守第六天(現榊神社)境内の小高い所に森があり、近辺には田圃があったことに由来するという。同社は享保四年(一七一九)浅草茅あさくさかや町一丁目東側へ移ったが、当町はその元地であると伝えられ、町内の家持四郎兵衛宅に小社が残っていたという。元和六年(一六二〇)浅草御蔵を築造するため境内の高い所の土が用いられ、その跡地町屋になったと伝える(文政町方書上)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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