浅草神吉町(読み)あさくさかみよしちよう

日本歴史地名大系 「浅草神吉町」の解説

浅草神吉町
あさくさかみよしちよう

[現在地名]台東区東上野ひがしうえの四―五丁目

明治二年(一八六九)浅草あさくさ幡随院ばんずいいん門前が改称して起立。同五年には隣接する旧出羽本庄藩六郷氏屋敷など武家地、幡随院宗延そうえん寺の寺地を合せて町域を北・西に拡大した。浄土宗幡随院は慶長八年(一六〇三)神田台で起立され、新知恩しんちおん寺と号した。開山は相模藤沢出身の幡随意。元和三年(一六一七)下谷池之端いけのはたに移り、万治二年(一六五九)浅草に移転、延宝年中(一六七三―八一)通称を幡随院と改めた。同三年には武蔵国豊島郡しも(現北区)で朱印寺領五〇石を与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む