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幡随院 ばんずいいん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

幡随院
ばんずいいん

東京都小金井市前原にある浄土宗の寺。山号神田山新知恩寺。慶長9 (1604) 年京都知恩寺の幡随意上人が,徳川家康の招きに応じて,神田駿河台本寺を創建。元和2 (16) 年湯島に移り,明暦3 (57) 年の大火類焼万治2 (59) 年浅草に再興。のち数回炎上,その都度復興されたが明治以後衰え,1939年現在地に移った。

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デジタル大辞泉の解説

ばんずい‐いん〔‐ヰン〕【幡随院】

東京都小金井市にある浄土宗系単立の寺。山号は、神田山。関東十八檀林の一。慶長年間(1596~1615)に幡随意白道が徳川家の祈願所として神田駿河台に創建。数度の火災にあい、浅草神吉町に移る。昭和7年(1932)現在地に移転。

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百科事典マイペディアの解説

幡随院【ばんずいいん】

東京都小金井市にある浄土宗の寺。新知恩寺とも。山号は神田山。関東十八檀林の一つ。1604年知恩院の幡随意が徳川家康の招きで江戸へきて,神田駿河台に開創。1657年明暦の大火で焼失後,上野神吉町へ移建,1939年現地に移った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

幡随院
ばんずいいん

東京都小金井市前原町にある寺。もと浄土宗に属したが、現在は単立寺院。神田山(かんださん)新知恩寺という。1608年(慶長13)以前に幕府の命で幡随意(ばんずいい)が江戸・神田の駿河台(するがだい)に創建した。1617年(元和3)湯島天神(ゆしまてんじん)坂下に移って檀林(だんりん)の基礎を築き、40余の学寮ができたが、1657年(明暦3)の大火後、浅草神吉(かみよし)町に移った。しかし1772年(安永1)大火で焼失、関通(かんつう)らの助勢によって再建されたが、規模はしだいに縮小された。その後再度の火災や寺領の返上により、1939年(昭和14)現在地に移った。[玉山成元]

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世界大百科事典内の幡随院の言及

【関東十八檀林】より

…しかし最後にできた深川霊巌寺は24年(寛永1)の開山であるので,制度としての確立はそれ以降のことである。かくして成立した十八檀林は,開山の年代順に相模鎌倉光明寺,武蔵鴻巣勝願寺(埼玉県鴻巣市),常陸瓜連常福寺(茨城県那珂郡瓜連町),江戸芝増上寺,下総飯沼弘経寺(茨城県水海道市),下総小金東漸寺(千葉県松戸市),上総生実(おゆみ)大巌寺(千葉市),武蔵川越蓮馨寺(埼玉県川越市),武蔵滝山大善寺(東京都八王子市),武蔵岩槻浄国寺(埼玉県岩槻市),常陸江戸崎大念寺(茨城県稲敷郡江戸崎町),上野館林善導寺(群馬県館林市),下総結城弘経寺(茨城県結城市),江戸本所霊山(りようぜん)寺(東京都墨田区),江戸下谷幡随院(東京都小金井市,もと台東区浅草神吉町),江戸小石川伝通院,上野新田大光院(群馬県太田市),江戸深川霊巌寺(東京都江東区)である。学問所としての檀林はやがて幕府の寺院統制下で行政の一端をにない,一,二の変動はあったが宗教行政の中心となった。…

※「幡随院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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