浅越村(読み)あさごえむら

日本歴史地名大系 「浅越村」の解説

浅越村
あさごえむら

[現在地名]岡山市浅越・西大寺上さいだいじかみ一丁目・西大寺北さいだいじきた

中野なかの村の北にある平地上の村で、西辺をすな川がほぼ南流する。浅越庄の遺称地。寛永備前国絵図では高七〇六石余、正保郷帳では枝村に東山寺村が載る。「備陽記」によると田畠四五町三反余、家数一一七・人数五八三、小平太・猟船四。文化年間の「岡山藩領手鑑」によれば直高一千二五六石余、蔵入。田方四〇町三反余・畑方四町七反余、物成五一八石余・麦成三四石余、家数九七・人数四六五、医者一、出家三、牛三六、樋一七、橋一八、藪三(寺藪二・砂川堤一、請銀一〇匁弱)、社方二軒(人数六)、大・小船二、育麦蔵一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む