浅野文驥(読み)あさの ぶんき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「浅野文驥」の解説

浅野文驥 あさの-ぶんき

1764-1830 江戸時代後期の医師
明和元年生まれ。越前(えちぜん)福井藩医浅野文竜(ぶんりょう)の子。天明4年父の跡をつぎ,藩主松平家の侍医となる。文化2年藩の医学所済世館を創設した。文政13年1月30日死去。67歳。通称は道有(どうゆう)。号は嵩山(すうざん)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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