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浜口儀兵衛(7代) はまぐち ぎへえ

朝日日本歴史人物事典の解説

浜口儀兵衛(7代)

没年:明治18.4.21(1885)
生年:文政3.6.15(1820.7.24)
幕末明治期の醤油醸造家。紀伊国(和歌山県)有田郡広村生まれ。浜口家は他の広村出身者と共に,江戸前期より代々が銚子(千葉県)で醤油醸造業(ヤマサ醤油)を営む。嘉永6(1853)年家督を相続。号は梧陵。家業の傍ら,佐久間象山の門にも出入りし,幕末藩政改革期の紀州藩の勘定奉行,大広間席学習館知事などを歴任した。その後も政界で活躍し,明治13(1880)年には初代和歌山県会議長にも任ぜられ,和歌山の政治組織木国同友会にもかかわった。 戦前の小学校教科書,あるいは小泉八雲の「生きる神様」などで広く知られた安政1(1854)年の安政大地震(大津波を伴った)の際の「稲村の火」のエピソード(取り入れたばかりの自分の稲に火をつけて燃やし,村人に津波の危機を知らせた)は,この梧陵がモデルであり,その後の防潮堤建設にも巨費を投じている。醸造業経営者としてよりも,社会的活動に自己実現の場を求めた人物といえよう。<参考文献>杉村広太郎『浜口梧陵伝』,林玲子編『醤油醸造業史の研究』

(谷本雅之)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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