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浜口梧陵(読み)はまぐち ごりょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浜口梧陵 はまぐち-ごりょう

1820-1885 幕末-明治時代の公共事業家,実業家。
文政3年6月15日生まれ。下総(しもうさ)銚子(千葉県)で家業の醤油(しょうゆ)醸造にたずさわり,嘉永(かえい)6年(1853)浜口儀兵衛商店(現ヤマサ醤油)の7代目をつぐ。安政年間には郷里紀伊(きい)有田郡(和歌山県)広村に大防波堤をきずき,また焼失した江戸の種痘(しゅとう)所を再建した。明治3年和歌山藩権(ごんの)大参事,12年初代和歌山県会議長。明治18年4月21日死去。66歳。名は成則。字(あざな)は公輿。
【格言など】財は末なり,信は本なり,よろしく本末を明らかにすべし

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大辞林 第三版の解説

はまぐちごりょう【浜口梧陵】

1820~1885) 幕末・明治の志士・実業家。紀伊の人。七代目儀兵衛。家業は銚子の醬油醸造業。開国論を唱え、紀州藩藩政に関与、社会事業にも貢献。

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世界大百科事典内の浜口梧陵の言及

【広川[町]】より

…紡績工場,しょうゆ工場もある。安政地震の大津波のときに村民を救い,第2次大戦前の国定小学国語読本に〈稲むらの火〉として記された浜口梧陵の出身地で,梧陵の築いた広村堤防(史)が残る。海岸は天洲松原として知られたリアス式海岸の景勝地で,西有田県立自然公園に属する。…

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