浜崎町・浜崎新丁(読み)はまさきまち・はまさきしんちよう

日本歴史地名大系 「浜崎町・浜崎新丁」の解説

浜崎町・浜崎新丁
はまさきまち・はまさきしんちよう

[現在地名]萩市大字浜崎町(はまさきちよう)・大字浜崎新町、および大字北古萩町(きたふるはぎまち)の一部

北東は松本(まつもと)川河口を隔てて鶴江(つるえ)浦、東・西・北は浜崎浦、南は熊谷(くまがい)町と古萩に接する。浜崎は築城以前から漁村であり、海上交易の中継地であったと思われる。城下町成立後は漁港であるとともに商港として萩城下の海に開かれた玄関口となった。新丁は毛利氏の萩入城以後新たに開かれた地で(弘化三年「浜崎町方并新丁風土帳」山県家文書)、元禄元年(一六八八)から同五年の間に開かれたといわれるが、城下町絵図では貞享年間(一六八四―八八)のものにみえている。

浜崎両町の幅は、東は浜崎浦河端から西は浜手まで(浜を除く)一九〇間、南は熊谷町境から北は大河浜口まで二九〇間。町内には鉄砲場(てつぽうば)町・境(さかい)町・本(ほん)町・本町下(ほんちようしたの)町・本町西横(ほんちようにしよこ)丁・本町横丁・閂(かんぬき)町・問屋(といや)町・間(はざまの)町・舟大工(ふなだいく)町・巾着(きんちやく)町・石屋(いしや)町・袋(ふくろ)町(浜崎町)、上(うえ)ノ丁・中(なか)ノ丁・下(した)ノ丁(浜崎新丁)などの小名がある(山県家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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