浦寺村(読み)うらでらむら

日本歴史地名大系 「浦寺村」の解説

浦寺村
うらでらむら

[現在地名]鳩ヶ谷市桜町さくらちよう一―六丁目

鳩ヶ谷町の北、台地低地が入組んだ所に位置する。さと村および新井宿あらいじゆく(現川口市)にそれぞれ飛地がある(天保九年「浦寺邑地方覚」井出野家文書)。村名は村内の筥崎山地蔵院錫杖しやくじよう寺が宝珠山地蔵院錫杖寺(現川口市)の裏寺にあたることに由来するものと思われる。現川越市喜多院蔵の正安二年(一三〇〇)三月一八日の梵鐘銘に「武蔵国足立郡鳩井郷 筥山」とある。筥山は当地の地蔵院と推定され(風土記稿)中世鳩谷はとがや郷に属していたと思われる。永禄五年(一五六二)九月三日の北条氏康判物写(「古文書」内閣文庫蔵)によると、北条氏康は渋江弥十郎に足立郡内浦寺郷を宛行っている。田園簿には裏寺村とみえ、田一三八石余・畑一〇五石余で、関東郡代伊奈領。以後同領として伝えられたが、寛政四年(一七九二)改易に伴って采地を没収され、以後幕末まで幕府領(「寛政重修諸家譜」・浦寺邑地方覚など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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