浦志村(読み)うらしむら

日本歴史地名大系 「浦志村」の解説

浦志村
うらしむら

[現在地名]前原市浦志・前原東まえばるひがし一―三丁目・前原南まえばるみなみ二丁目

前原村の東に位置し、東はうるう村。中央を唐津街道が通る。北部はかつて入海で、田の底からカキ、蛤の殻が出た(続風土記)低地にあり、雷山らいざん川氾濫の被害をしばしば受けた。嘉元三年(一三〇五)八月二日の鎮西下知状(大友文書/鎌倉遺文二九)によれば、怡土いと庄友永方地頭大友貞親代寂念が同庄名主らの年貢抑留・公事対捍を鎮西探題に訴えたなかに浦志名の名主種泰代俊幸がいる。志摩しま郡代臼杵氏と古庄氏に宛てた永正九年(一五一二)と推定される六月二三日の重富正秀申状案(由比文書/西国武士団関係史料集一四)によると、神役(二宮か)を勤めるにあたり重富名二町五段の御供米が不足の場合は袈裟丸名の御土貢を加え、それも損耗の場合は浦志名よりの御公米一石を送ってもらうこともあったとされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む