海の中道遺跡(読み)うみのなかみちいせき

日本歴史地名大系 「海の中道遺跡」の解説

海の中道遺跡
うみのなかみちいせき

[現在地名]東区西戸崎

志賀(しか)島とつながり博多湾の北側を区切る陸繋砂洲海の中道の中央部にあり、玄界灘に北面する。昭和五三年―平成二年(一九七八―九〇)間に五次にわたり調査された。八世紀後半から一一世紀にかけて営まれた包含層は東西四〇〇メートル・南北五〇メートル以上にも及ぶ大規模な漁労生産活動にかかわる集落。包含層は四〇―一〇〇センチもあり、製塩によって生じた炉壁片・土器片・焼石・焼土・炭・灰などを集積したブロックが点在している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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