海隣寺門前(読み)かいりんじもんぜん

日本歴史地名大系 「海隣寺門前」の解説

海隣寺門前
かいりんじもんぜん

[現在地名]佐倉市海隣寺町

町の南東に位置し、成田道に沿う。東は城外の侍屋敷地である古新建ふるしんだち。時宗海隣寺があり、現在の字前町まえまちは同寺の門前町屋敷にあたる。元禄年間(一六八八―一七〇四)までは鏑木かぶらき村のうちであったが(佐倉市史)、稲葉正知時代・松平乗邑時代には当地一帯は海隣寺曲輪と称され、その一画に町屋があった(「佐倉城府内之図」佐倉市蔵・「佐倉城絵図」篠丸家蔵)。万延元年(一八六〇)の佐倉城実測図(佐倉史談付図)には海隣寺町とみえる。幕末には佐倉町寄場組合に属した。天保一五年(一八四四)の佐倉城三の丸御殿普請には当地の大工二名・左官一名が請負人二六名中に加わっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む