深根城跡(読み)ふかねじようあと

日本歴史地名大系 「深根城跡」の解説

深根城跡
ふかねじようあと

[現在地名]下田市堀之内

上ノ殿うえんとんにあり、北方稲生沢いのうざわ川、他の三方尾根に囲まれる。築城年代は不明であるが、遅くとも南北朝期には造られていたと推定される。明応七年(一四九八)北条早雲が堀越公方足利政知の子茶々丸を攻撃した際、茶々丸を助けて抵抗した関戸播磨守吉信の居城と伝える。早雲は伊豆西海岸から尾根伝いに二千騎で城内に立籠る雑兵五〇〇を攻め、堀を埋めて城内に入り、女・子供、法師までも斬首して晒したという(北条五代記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む