清原雪信
生年:生没年不詳
江戸前期の画家。狩野探幽の姪に当たる国と,探幽門下四天王のひとり久隅守景との間に生まれる。名は雪。母の国は探幽の妹鍋と探幽門下四天王のひとり神足常庵(守周)との間に生まれた。従って雪信と探幽の血のつながりは濃い。その関係で雪信は探幽門人の清原氏平野伊兵衛守清に嫁し,京都に住んだと伝えられるが,異説もある。絵を探幽に学び,清原雪信の名で描く。狩野派内随一の女性画家として人気が高く,遺作も多い。探幽のやまと絵系の線質に習い,女性特有のデリケートな筆触を加えたやさしい作風を示す。しかし,「花鳥図屏風」(板橋区立美術館蔵)のように,守景風の墨使いをみせる作品も近年発見され,画風を再考する必要がある。大上段に構えた本間屏風の大作では筆の荒さや構成力不足がみられるが,掛幅などの小品には優れた作品がある。着色画の優品としては院体花鳥画の質感に迫った「花鳥図」(東京国立博物館蔵)がある。
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
Sponserd by 
清原雪信 きよはら-ゆきのぶ
1643-1682 江戸時代前期の画家。
寛永20年生まれ。父は久隅守景(くすみ-もりかげ),母は狩野(かのう)探幽の姪(めい)の国(くに)。探幽にまなび,狩野派の女流画家として知られた。同門の清原氏平野伊兵衛と結婚し,京都にすんだといわれる。天和(てんな)2年4月29日死去。40歳。名は雪。作品に「小野小町」「花鳥図」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
Sponserd by 
世界大百科事典(旧版)内の清原雪信の言及
【久隅守景】より
…守景の絵画史上の意義は,当時しだいに安易な粉本主義から創造性を失いつつあった江戸狩野派を離れ,農民の生活に取材した田園風俗を自由に描くことによって狩野派にない新生面を開いたことにある。なお,守景の娘雪はのちに一流の閨秀画家といわれた清原雪信(1643‐82)であるが,大和絵的な画風で,父との共通性は見いだせない。【安村 敏信】。…
※「清原雪信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
Sponserd by 