清村(読み)せいむら

日本歴史地名大系 「清村」の解説

清村
せいむら

[現在地名]岐阜市清・清本町(せいほんまち)・柳森町(やなぎもりちよう)・菊地町(きくちちよう)・六条東(ろくじようひがし)一―二丁目・六条北(ろくじようきた)四丁目・六条南(ろくじようみなみ)二―三丁目・宇佐東町(うさひがしまち)

中山道南側の平坦地を占め、南は六条村。集落はほぼ村中央に位置。地方文書には本庄せい村・勢伊村・青村などともみえる。天和三年(一六八三)の村絵図(村瀬家蔵)が残り、田畑の区分けや屋敷の位置が知られる。慶長郷帳および元和二年(一六一六)の村高領知改帳に村名がみえ、高五〇〇石余。正保郷帳では田二九〇石余・畑二一〇石余。江戸時代を通して加納藩領。宝永三年(一七〇六)の高は三八六石余で、うち東灘(ひがしなだ)分は二一二石余であった(「小物成指出帳」村瀬文書)。享保一四年(一七二九)の村明細帳(同文書)によれば、牛頭天王・権現二・西宮(さいぐう)神・神明・天神の各社があるが、権現二社には堂がなく、牛頭天王社の敷地は鳥屋(とや)村にあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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