湊里村(読み)みなとさとむら

日本歴史地名大系 「湊里村」の解説

湊里村
みなとさとむら

[現在地名]西淡町湊里

湊浦の南、南部山林地帯。もと湊浦と合せ湊村と称し、その里分にあたる。かき木谷きだに川が右岸於後おご川を合せ北流する。寛永四年(一六二七)の湊村里分検地帳(北山家蔵)では田畠四九町余・高五〇八石余。正保国絵図では湊里村とみえ、高五四〇石(湊浦分を含む)。天保郷帳では高六六六石余(湊浦分を含む)。寛文一三年(一六七三)の湊里村棟付帳(菊川家文書)によれば、里分の高五二一石余、家数一〇五・男人数二八七、牛八四・馬三〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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